No.578005

次の一歩。 

にてんさん

お別れの話。

2013-05-19 21:08:41 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:368   閲覧ユーザー数:368

 俺は一人暮らしをしている。朝に出社し、夜には帰宅。上司や同僚とたまーに呑みに行くのが日頃の楽しみだ。これだけ聞くと、つまらないサラリーマンというレッテルが貼られてしまう。

 家には飼いネコが一匹いる。名前はしろ。全身白いからだ。そんなしろは家に帰ると「おかえりなさい」と可愛い声で迎えてくれる。猫が喋るはずがない、と言いたい人もいるだろうが、これがまた俺だけには例外らしい。しかも、人の形をしているのだ。性別は女の子。もちろん服は着せている。鈴も常時装着だ。

 休日は公園へ散歩をするために出掛ける。ショッピングへ行こうと誘うと「やだ。公園がいい」と駄々をこねられてしまうので仕方がなく、毎週のように公園へ出掛ける。鈴を鳴らしながら草むらを走る姿は、とても可愛かった。雪が降るとしろはどこに行ったか分からなくなってしまう。後ろから雪を投げては逃げ、投げては逃げ、全身雪だらけにされたこともある。

 可愛いく無邪気なしろだが、家事の能力が全くない。仕事から帰ると「おかえりー」と毎日すりすりしてくれるのは本当に嬉しい。人は一人では生きていけない、と高校の頃の先生が言っていた事を納得させられるくらい、感謝してる。それでも家にかえるとティッシュは散らかってるし、ゴミ箱の中身は飛び出てている。じゃあ、キッチンはどうだろう。まさか料理した痕跡でもあったら……。胃袋と胸を高鳴らせてキッチンを覗くと、行く時と全く変わらない光景が広がっている。しまいには「一緒にご飯たべよーたべよー」とすりすり攻撃だ。言うまでもなく、そんな甘えを許し一緒にご飯を食べる。可愛いから仕方がない。「おいしーおいしー」と食べてくれるのはありがたいが、何せ食べるのが早い。「ごちそうさまー」と言うと俺の布団へ先に入って丸くなってしまう。仕事の愚痴をひとつやふたつ聞いて欲しいものだが、すやすやと眠っている姿を見るとすべて許せてしまう。俺も食べ終え、自分としろの食器を片づける。少しは手伝って欲しい気もするが、食器が自分のだけじゃないのは少し嬉しい。

 ある日俺が風邪で寝込んでいると、一日中看病してくれた事もあった。お茶を持ってきてくれたり、水枕や湯たんぽを交換してくれた。風邪がうつるから離れてろと言っても「だいじょうぶ」といって傍にいてくれるし、寝る時も布団に入って来て添い寝してくれた。

 これだけ聞いているとラブラブだが、もちろん喧嘩もする。

 休日、しろがベランダに出て日向ぼっこをしていた。俺はショッピングへ出かけるため身支度をしていたが、しろがベランダで日向ぼっこをしているとは知らずに窓を閉めてしまったのだ。しろは日中ベランダに放置。水も飲めず、トイレにも行けず過ごした。ドアを叩いても、「あけろー」とにゃーにゃー騒いでも状況が変わる事はなかった。日が落ちてから家に帰ると、しろはふくれっ面で俺を待っていた。ドアをガリガリする仕草が可愛くてそのまま見ていると、暴れ出すのでさすがにヤバいと思って中に入れてあげた。その後三日くらいお帰りのすりすりがなかった気がする。

 それはそうと、最近しろの様子がおかしい事に気付いた。元気がなく、ご飯もあまり食べない。「ごめんね」と申し訳なさそうにいつも残している。

 心配になって病院へ連れて行くと、腫瘍が発見された。もう末期らしい。突然の事にびっくりしたが、日を増すごとにその驚きは悲しみへと変わっていった。

 今、自分がしろにできること。色々考えるが、すべて堂々巡りとなって先へ進まない。どうしてもっと早く気付いてやれなかったのか。そう思うとただ自分に辟易するのみだった。

 それでも、しろは残り少ない時間を有意義に生きている。具合を悪そうにしている時もあるが、今まで通りにこにこしている。そんな気丈に振る舞う様子が、ずきっときた。

 ある朝のこと。

 しろはしんどそうに朝食を食べている。それを見るのが心苦しかったが、あと何度一緒に朝を迎えられるかも分からない。だから、会話のキャッチボールを止めないようにしていた。そんな矢先。

 「わたしはいなくなる。元気で」としろは口を開いた。そんな暗い話をしたくて、お前と向き合ってる訳じゃないんだ。

 「急にどうした?」

 せめてもの強がり。鼻の奥があつくなる。

 「独りはさみしい」

 うん。知ってるよ。お前がそれを教えてくれた。

 「だから、わたしがいなくなったあと。素敵なお嫁さん見つけて」

 分かったよ。見つける。けど、今はお前以上が見つかりそうもないんだ。今にも溢れそうな涙を拭う。

 「ちゃんと、お別れがしたかった。今まで一緒に寝てくれて、美味しいご飯を作ってくれて、お散歩に連れて行ってくれて、ありがと――わたし幸せ」

 強がりと言う名の壁が崩れ、しろは大粒の涙をこぼす。優しくて、強い子だよお前は。頭をなでる。泣きながらすりすりと押しつけてきた。もう、しろのすりすり攻撃が無くなると思うと、寂しくて仕方がない。

 「もう行く。本当に、ありがと。幸せになって」

 「うん。こちらこそ、ありがと」

 弱った背中を、見送る。猫は死に際になるとどこかへ消える習性がある。飼い主に見られたくないのだろうか。俺はしろの事を主従関係だなんて捉えてなかったけど、あいつはどうなんだろう。けど、いなくなってからじゃないと、分からないこともあるんだと思う。それはあいつが紛れもない猫だということ。そして、しろは俺の嫁みたいな存在だったということ。

 ありがと、しろ。

 

 

 


 
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