九話「確かな愛情の存在」
浦原常沖(うらはらつねおき)――本当の名は津井原絢香(ついはらあやか)。
――もう少し、もう少し……もう少しだけこうしていたい。
そんな願いと共に目が覚めると、嫌でも現実の輪郭が戻ってくる。
あぁ、起きてしまった。もう少しだけ、あの夢を見ていたかったのに。
私はようやく体を起こす。まぶたが重い。
朝だと思ったが、デジタル時計は13時を示していた。
もう昼過ぎだ。
私は長く学校に行けていない。
『眠り病』――そう呼ばれた症状に陥ったからだ。
あの日、母を想い泣きながら眠りに落ちた私の代わりに、母が目を覚ましたという。
兄の秋次(あきつぐ)は、私が再び意識を取り戻した時、何度も何度も泣きながら私の名――絢香と呼んだ。
眠りについたのは九歳の頃。
実際に眠っていたのは一年ほどだが、浅い眠りと現の間を揺らめくように彷徨った。
復帰できるまでは学校も休んだまま。
こちらの世界には、私の生きてきた痕跡がない。
夫の喜助も、愛しい娘の常成の姿もない。確かに存在しているのに、この世界では影ひとつ残っていない。
――それがとても、寂しくて、悲しい。
いつか三人で、当たり前に笑っていられる日が来れば。
あちらから私だけが消えてしまうなんて、考えたくなかった。
夫と娘を置いていく未来など、あってはならないのに。
私は二つの家族と生きられる未来を夢見ている。
けれど、今日はあちらへ戻れる気がしなかった。
こちらでの覚醒時間は日に日に伸びている。
私は本当に、消えてしまうのだろうか。
――あちらが夢で、こちらが現実なのだから。
※
「沖サン……」
「ん……」
優しく頭を撫でる手の感触。
目を開けると、そこには夫――浦原喜助。
視線が重なると、彼は照れたように目を細めた。
いつも、こっそり撫でていることは知っている。
あちらの一日を終え眠りにつき、こちらへ戻ってきた時、私は三日眠っていたそうだ。
津井原絢香から、浦原常沖へ――帰還。
戻れたことに安堵したのも束の間、喜助の瞳は深い哀しみの色を宿していた。
「すまん……喜助」
「いえ……沖サンが戻ってきてくれたなら、それでいいッスよ」
「それでも、すまん。私と本体の時間差が本格的に出ている。もう、普通に目覚められるとは思わないでくれ」
「分かったッス。みんなにも伝えておきます」
「あぁ……私は……」
「どうしたんスか?」
「お前たちと離れたくない。ずっとここに居たい……でも、世界が――許してくれない」
「……大丈夫ッスよ。
世界が許してくれないなら、ボクはここを出ます。
成と一緒に、貴女を探す。それだけッス」
「喜助……。――成を頼む」
「もちろんです。ボクは沖サンの夫で、成の父親ですから。
それは譲れません。世界が相手でも」
私は喜助へ身を預ける。
涙がこぼれ、視界が揺れる。
それでも、彼の温度を確かめたかった。
「お前に会えて良かった」
「……ボクもッスよ、沖サン」
喜助はそっと頬に触れ、哀しみを含んだ瞳から静かに涙を零した。
長い年月を共にしてきた私たち。
愛は薄れることなく、積み重なり、確かにここに在る。
――確かな愛情の存在として。
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BLEACHの二次創作です。
浦原喜助の娘です。成長物語です。
※母親視点です。